
2018年公演(世界初演)に関して、鑑賞者真田裕一 氏の感想
音楽学者の岡田暁生氏によると「ある音楽を聴いて感動できなかったとすればそれは演奏内容の以前に聴いた場所が場違いだからである」とのことです。
現代のコンサートホールはなんでも演奏できるようにはなっていますが、やはりグレゴリオ聖歌などは教会で聴いたほうが心に響くでしょうし、ジャズならばブルーノート東京などのライブハウスで聴くのが良いはずです。
もしそうだとすれば、古い日本家屋で「妻」と「娘」が日記を盗み見ている「鍵」の公演は、仲町の家で鑑賞すると実にピッタリだと直感した次第です。
(映画版の市川崑監督「鍵」では、4人は一応会合の場所に顔を出すものの、すぐに自分の部屋に引っ込んだり、「妻」だけ風呂に入っていたりします。)
聴きどころなど
「夫」「妻」「娘」「木村(婚約者)」は、それぞれ別の部屋で別の時間を生きていて、鑑賞者は薄暗い日本家屋の中でそれぞれの部屋をのぞき見のようにして見たり(これがまたとてもエロいのです。)、ある場所に座って聴いていると、離れた部屋から別の音響が聴こえてくるといった空間的な効果を楽しむことができます。
「夫」から秘密裏の写真現像を仰せつかった「木村」が写真を並べているシーンを見た後、「妻」の部屋に行くと日記に挟まれたその写真を見つけて当惑してしまいこんでいるシーンは実に見ものでした。
遊歩音楽会というもの
今回のオペラのようなストーリーのあるものではなく、さまざまな場所で演奏または行為をやっているのを歩きながら鑑賞するという演奏会を遊歩音楽会と呼ぶらしく、その一つであるらしいシュトックハウゼンの「リエージュのアルファベット」という作品をビデオで見たことがあります。
しかし、今回の「鍵」では、むしろ空間的な効果のほうが面白く、私は主に「娘」の部屋の前に陣取って、他の3か所から聴こえてくる音を聴いていました。
気のせいか、聴衆はみな「ぞ~~~~っ」と青ざめた表情で鑑賞していたのが印象的でした。
まとめ
私は地方在住で足立区は初めての体験。集合場所の神社は千住氷川神社なのですが、千住本氷川神社というのもあるようで、駅員さんに聞いても違いがよくわからないということで、断念してナビ頼りに車片側一車線の道を探索モードで歩いてようやく到達。
足立区はあまり良い評判がないらしいですが、今回の会場に関する限りとても閑静で良いところだと感じました。
汎用的なコンサートホールでの演奏ではなく、場所にふさわしい音楽(あるいは音楽にふさわしい場所)での体験は、一生忘れないと思います。