THE鍵KEYとは
谷崎潤一郎「鍵」を題材とした作曲家・演出家 フランチェスカ・レロイによるサイトスペシフィックオペラ。(サントリー芸術財団 第19回佐治敬三賞受賞)
THE鍵KEY 概要
コミュニケーションや夫婦関係、性別による固定概念、文化的アイデンティティーの変化に悩む家族の物語。
「結婚して20年、未だに妻とは話せない」
しかし、夫はお互いに満たされていない性生活について話したくてたまらない。夫は、妻が娘の縁談相手である木村に対して興味を持っていることに気が付き、自身の日記に木村に対する嫉妬を綴り、さりげなく妻に日記を読むように働きかける。そうして新たな結婚生活が始まり、夫婦は無言のコミュニケーションをとり、娘と木村は協力して出来事を進めていく。行動が次第に危険さを増していき、夫婦の新たな充実感は悲劇的に途絶えることになる…
谷崎潤一郎の小説『鍵』(1956年)は夫婦の日記を通して読者に語られる。小説は読者が登場人物と同様の窃視行為をする構造を有する。それを題材とした本作品「THE鍵KEY」では、登場人物「夫、妻、娘、木村(愛人)」それぞれが別々の部屋で表現され、登場人物同士が直接的なコミュニケーションを取れない様子を描いていく。観客は家の中を自由に回遊しながら、歌手やダンサー、和楽器、西洋楽器のアンサンブルにより展開される親密なドラマを盗み聞くように鑑賞する。
[賞歴]
サントリー芸術財団 第19回「佐治敬三賞」
Web音楽批評誌Mercure des Arts 2019年第5回年間企画賞第3位
このオペラはフランチェスカ・レロイによる音楽と歌詞、谷崎潤一郎の原作『鍵』からの引用に
夫のトリオ:バリトンまたはテノール・ダブルベース・尺八 妻のトリオ:ソプラノ・チェロ・笙 娘のトリオ:メゾソプラノ・ヴァイオリン・小鼓と締太鼓 木村(ダンサー)もクラリネット・琵琶と共にトリオ
『THE鍵KEY』の中核コンセプト
音楽コンセプト
和楽器と西洋楽器、歌手によるトリオ
歌手、西洋楽器、和楽器がトリオとなり各家族メンバーを表現していく。夫のトリオはバリトンまたはテノール・ダブルベース・尺八、妻のトリオはソプラノ・チェロ・笙、娘のトリオはメゾソプラノ・ヴァイオリン・小鼓と締太鼓の編成。東京公演では木村(恋人)もクラリネット・琵琶と共にトリオを成した。声種と楽器は登場人物の性格に合わせ、様々な感情・心理状態を表現できるように選択した。
別室による演奏と回遊型鑑賞
各トリオは別室で同時に演奏することで、それぞれの登場人物を表現した音楽が家の中に響き渡り、混ざり合う。音の聴こえ方は、建物や観客の立ち位置、フレキシブルな演奏速度によって大きく変化する。それに対し、観客は自由に家の中を回遊しながら鑑賞する形式とした。そのため、原作の特性と同じように、誰一人として同じ体験をすることはなく、公演毎に異なる体験が生まれるという特徴を本作品は有している。
ダンスコンセプト
「木村」の役は男性ダンサーが伴奏と共に、または単独で演じる。最もミステリアスな役である木村には夫、妻、娘とは異なる、より抽象的な表現方法を用いている。木村の本心は正確に言い表し難く、原作中でもあまり語られていない。家族の個人的な欲望によって踊らされているように見え、彼の動機や欲望は不明瞭なままである。また、木村は、夫ができることなら再び手にしたい若さと精力を持つ男、妻にとって充実感と権威を得ることができる相手、娘にとって自分の企みを遂行するための従順な鴨であり、それぞれの登場人物にとって異なる存在だ。
本作品中での木村の動きのスタイルは家族(夫、妻、娘)の誰に見られているか、影響されているかによって決定され、それぞれの部屋によって、木村の動きの違いが鮮明に現れる。振付師の石本華江は舞踏からヒントを得た技巧を使い、ダンサーと共に振り付けを創作した。石本は原作の中で重要だと思われる一節の要素に対してダンサーに即興の動きをするように促し、これが振り付けの基礎となった。
演劇コンセプト
観客が家の中を自由に回遊し、別々の部屋で演者が同時にパフォーマンスを行うコンセプトの背景には2つの主な理由がある。1つ目は、登場人物同士が直接的にコミュニケーションできないことを浮き彫りにすること。2つ目は、原作の読者としての体験をそのまま観客としての体験に転換すること。原作は夫婦の日記を通して語られるため、原作の読者は誰の話を信じるのかを自分自身で判断し、日記の中で書かれていないことについては想像を膨らませることが求められる。演劇は別々の部屋で同時に進んでいくので、観客は物語の全体像は把握できても、全てを知ることはできない。そこで観客は自分自身で物語の断片を探り、ドラマとその多面的な登場人物のイメージや解釈を自分なりに形成していく。日記を読むことで登場人物の生活を覗き見る原作の読者のように、観客は複雑な家族のプライベートに入り浸り、見るべきではない世界を能動的に覗き込んでいく。
日英文化交流
和洋楽器や和洋パフォーマンス様式の組み合わせは、ただ新しい音・視覚のコンビネーションを生むだけでなく、小説の微妙なテーマでもある1950年代の日本と西洋から受ける影響との関係性を反映するために採用されている。登場人物は日本の教養教育や行動規範と西洋から来る新しいアイデアや機会の間で板挟み状態。
文化的な芸術形式や日本語と英語を混在させることで、登場人物が個人的な目標の達成のために慣習の間を巧みに切り抜けていく姿を鮮明に描いている。
THE鍵KEYは英国と日本の文化交流により生まれた作品であり、本作品の全ての要素において、異文化交流の痕跡が見られる。創作初期のコンセプトは日本にて英国人アーティストにより生み出され、その後、日本人アーティストと英国人アーティストによる創作チームの協働によりそのコンセプトが更なる発展を遂げた。
サイトスペシフィックパフォーマンス
物語の私的でドメスティックな性質、登場人物と観客が同様に体験する窃視しているという雰囲気、近接した部屋から漏れてくる音、以上の3点を表現するには家屋が理想的な会場となる。この作品は会場となる家屋から大きな影響を受けるので、これまでに行ってきた公演の内容は家の「レイアウト」「音響」「文化的・時間的背景」の違いによって、演出、音楽、振付、台本を変更し、会場ごとに異なるものになっている。
コラボレーションを通しての成長
演者、創作チーム、制作、会場スタッフの方の協力なしではTHE鍵KEYの実現は叶わなかった。参加したメンバー全員が独自の解釈や提案で貢献し、作品の更なる発展を可能にした。それだけでなく、刺激的でクリエイティブな雰囲気を作り出すことで、意見交換や新しい繋がりを促進し、メンバーの経験の幅を広げることができた。
公演
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2018年東京公演:世界公演
2018年5月19日(土) 仲町の家
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2019年東京公演
2019年5月19日(日)– 26日(日) 旧平櫛田中邸アトリエ 改訂公演
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2019年ロンドン公演
2019年8月3日(土)– 4日(日) Tête a Tête: オペラフェスティバル 、 10 Tollgate Drive 英国初演
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ワークショップ・試演会
2017年8月25日(金)– 27日(日) 仲町の家