フランチェスカ・レロイのインタビュー

谷崎潤一郎の『鍵』を脚色しようと思ったきっかけは? 

スコットランドで修士号取得に向けて勉強している時に、古本屋で偶然『鍵』に出会ったのがきっかけです。以前に谷崎潤一郎の日本人の美学や感性について論じた随筆『陰翳礼讃』を読んだことがあったので『鍵』も読んでみようと思いました。読み始めるとすぐに登場人物が取る無言でのコミュニケーション方法に心が奪われました。この小説は夫婦がお互いに読まれることを前提に書いた日記を窃視することを通して語られ、日記の読者は誰を信じるのか、何が他の登場人物を操る為だけの嘘なのかを自分自身で判断する必要があります。私はその陰謀、秘密主義、謀略、また日記の読者の体験にも興味を持ち、その読者の体験をそのまま観客として体験できるようにしたいと思いました。登場人物が同時に演じるので、観客は全てを体験することができません。そのため、観客は自身でその目撃できない空白を埋め、自分なりの想像を膨らませることになります。家の小さな部屋を使用することで、懇ろな男女関係を描いた物語に合った親密な雰囲気が生まれます。観客は夫婦の日記を詮索する小説の読者のように、見てはいけないものを見たり、聞いてはいけないことを聞いたりと、他人のプライベート空間に立ち入っているような感覚を持ちます。演者をグループごとに別々の部屋に分けることで、登場人物がお互いにコミュニケーションを直接的に取ることができない様子を身体的に表現しています。小説を読んだ時に最も刺激を受けた一面でもある登場人物間の関わり合い方が、オペラの演出に不可欠なものになっています。

THE鍵KEYの公演を行う上で最大の課題は? 

事業計画はとても難しかったです。コンサートホールや劇場ではなく、プライベート空間や普段は公演を催さない場所で上演するので、会場のことをよく理解し、表方やチケット売り場などを用意しなければなりません。勿論その前に作品に適当な会場を見つける必要がありますが、これも容易なことではありません。その他にも、作品の性質上、限られた数の観客しか招待できず、その人数に対して10〜12人の演者と創作チームで何度も公演を行うことには財政的な課題もあります。費用を補うために、助成金などを活用していますが、それを申請、管理することも非常に手間がかかります。

英語話者と日本語話者の両方の観客に理解しやすい作品にするためにどのようにアプローチしましたか?

初めにこの作品に取り組んでいた時から、どちらの観客にも分かり易いものにしたいと思っていたので、台本(登場人物用の原本)に日本語と英語の両方を使用することにしました。公演にはスーパータイトルはないですし、翻訳した原本を渡したとしても、自由に歩き回りながら鑑賞するには邪魔になってしまうため、実用的ではありません。そこで、それぞれの歌手のセリフと歌うフレーズを日本語と英語で交互に織り交ぜることにしました。片方の言語しか理解できない観客でも話の展開を追うことができる範囲で敢えて日本語と英語のセリフにニュアンスの違いを持たせました。そうして直訳を避けることで、作品をより面白くし、登場人物が言語間、言語に基づく文化や理想の間で行き来する様子を暗示しています。登場人物が他人を操作するため、自身の文化によって規定されたアイデンティティーから逃れるため、または自身の本心を見せるためには、どちらの言語を用いるのかと問いかけています。世界共通語である音楽やダンス、そして演劇の演出が、この作品をどちらの観客にも、願わくはより多くの観客の方にも理解しやすいものにしています。ペアの楽器や演者による空間の使い方、役同士が意思疎通をとる様子・とらない様子によって登場人物間の緊張感、彼らの感情や性格の特徴さえも表現しています。

フルインタビューは大和日英基金のウェブサイトにて閲覧可(英語のみ)

和訳:岡田祐樹